漆掻きの様子
漆掻きの様子

江戸時代、上杉鷹山公が米沢藩の財政窮乏を立て直すために、漆の大量栽培を行いました。

そのほか、山形藩や上山藩でも植栽を大規模に進めたため、県内には漆の字のつく地名が結構残っております。漆の木もたくさんあったのですが、戦後数が減って現在ではあまり残っておりません。しかし昔の職人は、山形市の山寺付近で採れる漆を『山寺漆』と呼んで、その品質の良さを認めておりました。私たちは、その系統の漆の木を見つけて漆掻きを行ったり、その苗木を作ったりしています。これが増えれば、昔のように優れた山形漆がたくさん採れるようになると思います。

東日本大震災後は、津波で被災した宮城県沿岸部に山形漆を植栽する計画もあります。

コーヒーになる漆の実の収穫
コーヒーになる漆の実の収穫
漆掻きの後、数年後にはまた掻けるようになる’養生掻き’を行っております。
漆掻きの後、数年後にはまた掻けるようになる’養生掻き’を行っております。